坂本九から16年後に年賀状!長女が明かした“悲劇の死”秘話!

大ヒット曲「上を向いて歩こう」で知られる歌手・坂本九さん。
同曲は「スキヤキ」として日本語歌詞のままで、
アメリカのビルボードで1位を獲得しており、
その点で坂本さんは唯一の東洋人及び日本人アーティストでもある。
しかし、1985年の日本航空123便墜落事故の犠牲となり、
43歳の若さでこの世を去った。
そんな偉大な父について、
長女でシンガーソングライターの大島花子(43)が30日、
TBS系の情報番組「ビビット」で秘話を語った。

[関連商品]

親父 [ 大島花子 ]
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

大島は父の名曲で自身のメジャーデビュー曲
「見上げてごらん夜の星を」を生披露し、
問われるままに思い出を語った。

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
父が大好きだった大島は、母や妹と一緒に
「大好きなパパ パパ いつも優しいパパ パパ」という歌詞の
「パパ大好き」というをプレゼントするなど、幸せな生活を送っていた。
しかし11歳のとき。
真夏に起きた死者520人の航空史上最悪となる事故で、
突然「大好きなパパ」を失った。
大島は
「ショックすぎて、心のスイッチを切らないと生きていけないというか…。
現実を受け止めきれなかった」
と当時を振り返った。

そして父の死から16年を経た2001年のこと。
ある年賀状が届いた。
差出人は「坂本九」。
85年に開かれた筑波科学万博で、
21世紀の大島さんに向けて父が出してくれた直筆の年賀状だった。

「前略 2001年のお正月はいかがですか。
この手紙を書いたのは、花子が11歳の時の1985年。
ひょっとしたら、花子には子どもがいるかもね。
良き母として、妻として。ついでによき娘として。坂本九」

投函されたのは、亡くなる4か月前だった。
大島は
「私が母になる姿も、妻になる姿もきっと見たかっただろうな、と。
誰よりもそれを楽しみにしていただろうな」
と天国にいる父に思いを寄せていた。

大島は06年12月に結婚し「妻」となり、
09年に出産して「母」に。
坂本九さんにとっての「初孫」となった。
                (スポーツ報知)

[関連商品]

Dearダニー 君へのうた [ アル・パチーノ ]43年遅れで届いた「ジョン・レノンからの手紙」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

なんだ、といっては失礼かもしれませんが、
科学万博の企画だったんですね~。
郵便局が大ぽかやらかしたのかと思ってしまいましたw
でも、やっぱり娘さんは嬉しかったでしょうねぇ。
人生、ホント、一寸先は闇です。
お互い、心残りのないように今日、この瞬間を生きましょう。

テーマ : 芸能界のニュース
ジャンル : アイドル・芸能

tag : 坂本九 16年後 死後 2001年 年賀状 筑波科学万博 ビビット 秘話 長女

最新記事
check it out!

Fire TV Stick 音声認識リモコン付属

新品価格
¥6,480から
(2017/3/10 19:34時点)

ブログ内検索
おいしく東北応援!
カテゴリ
オススメ情報
大人気スイーツ








いいね!
adad2
人気ページランキング
ブログパーツ
ad space